想い、届かず。

どうして、僕はいつも遅過ぎるのだろう。今、この時ばかりは、自分を恨めしく思わずにはいられない。

今日の未明に掛けて、我が親友である「師匠」ことY.T氏が亡くなった。享年37歳。
あまりにも若い、若すぎる死。

今を思えば、彼が居てくれたからこそ、今の僕がある。
それなのに、結局は僕は、彼に対して何もしてやれなかった。
その事が悔しくて、あまりに悔しくて涙が止まらない。

本来ならば、こうしてブログなど書く気分にはなれない。だけど、この記事を書く事は以前ここのブログで師匠の事を励まして下さった方々に対する礼儀だと思ってるし、何より僕自身、気持ちの整理を付けたいと言うのもある。

だから、書かせて頂こうと思う。師匠と、師匠に対する僕の気持ちを。

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僕は昔、一時的に自殺願望を持っていた時期がある。

当然今はそんな気持ちは微塵も無いのだが、その当時の僕は高校を卒業したばかりで、入社したばかりの前の会社で人間関係で散々悩まされ、仕事もうまく行かずに一部の先輩の執拗なイジメに遭っていた事もあり、気持ちがすっかりダウンしていた。
その上、当時付き合っていた一部の友人の失恋とかの相談毎に散々付き合わされ、挙句の果てには暴走しまくるその友人をなだめたりしてた事もあって、その辺の心労が更に追い討ちを掛けていた。高校の頃のそういう事を相談出来る友人の殆どは県外に出てしまってこの事を相談する人間が居ない。いや、残った友人も居た事は居たのだが、相談なんかしてしまうと前述した友人と同じになってしまうのでは無いか?挙句の果てには相談した彼まで僕と同じ気持ちにさせてしまうのでは無いか?
・・・今から考えれば信じられない事なのだが、自分で自分の首を絞めると言うか、孤立感を更に深める要因にもなった。

一応当時からゲームとか遊んでたので、その辺である程度の気を紛らわせる事は出来た。幸い僕自身友人は多い方だったので、我が家に友人達とたむろしては色々やっていたものだ。

だが・・・誰も居なくなると途端に孤独感に苛まれる。あまりに辛くて泣いてると当時飼ってた猫が慰めに来てくれたもんだが、それでもその孤独感は消えなかった。

挙句の果てには、気が付けば「どうやって死のうか」とか、その事ばかり考えていたものだ。簡単に書いてはいるが、その他にも様々な要因もあって、心労的に追い詰められていったと言ってもいい。

だが、運命の出会いはその年の夏に訪れた。
徳島の専門学校に通ってた我が親友である師匠が夏休みで帰省、当時流行りだったカウル付きのバイクに乗って現れたのだ。

その当時、僕は反発してたウチの親父から「車の免許を取得する為の資金を提供してやる」と言う申し出を頑なに固辞してた事もあって、免許は原付すら所有して無かった。

だから、親しくしてた人間がそういうモノに乗って現れると言うのは、ある種の衝撃でもあった。その当時の僕にとってバイクと言うのは幼少の頃からバイク漫画を読んでた関係で憧れはあるものの、実際に自分が乗る分にはコケたら怪我をする「危ない乗り物」でもあったから、自分は多分この世界に関わる事は無いだろうと思っていた。

だが、師匠は言った。
「バイクは面白いよ~!騙されたと思って後ろに乗ってみ」

そして、気が付けば師匠のバイクのタンデムシートに座ってる自分が居た。彼は免許を取って間もなかったのだが、その走りはタンデムでも非常に安定していて、僕は瞬く間にバイクと言う乗り物に惹かれていった。
地元の「白石の鼻」と呼ばれる場所でコーナリングの度に夕日と地平線が斜めになる衝撃は今でも目に焼き付いている。

そして・・・気が付けば、僕は師匠に「今は金が無いから中免は無理だけど、今度師匠が帰って来る時までに原付を取るから」と言っていた。その時の彼の嬉しそうな表情は、今でも忘れる事が出来ない。

それと同時に、僕の心の中のモヤモヤが、何処かに吹っ飛んでいった気がした。
自分が生きるための小さな目標が、出来たから。免許を取ってバイクに乗る。それを実現する為に、たとえ今は辛くてももうちょっと頑張って生きてみよう。自然とそう思えるようになった。

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やがて、師匠がオフロードバイクに移行、僕も中免を取得して一緒にツーリングしたり、エンデューロレースに参戦したり・・・と紆余曲折あって今現在に至るわけだが、今までに師匠と共に過ごした日々は、今になっても色あせる事はない。

正に、僕は師匠と、師匠から教えて貰ったバイクのお陰で、人生観が変わったと言っていい。
気が付けば、「生きたい」と思っていた。バイクのお陰で辛い思いもしたが、その分壁を乗り越えた時の「喜び」を知る事が出来た。そして僕は、そういうモノを僕に与えてくれた師匠に心から感謝した。

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だが、その僕の想いは、何も知られる事無く、彼は旅立ってしまった。
多分、こんな事が無ければ、ここの記事でもこの話はする事は無かっただろうし、多分一生誰にも話さないまま墓まで持っていくだろうと思っていた。

それだけの強さが、彼にはあった。どんなにバイクでハードに攻めても翌日にはケロッとしてるような、そんな病魔とは無縁の男が、肺がんと言う病気でこの世を去る事になるなんて想像が出来なかったし、多分寿命で死ぬとしても僕の方が先だろうと思ってた。

そして、癌だと知った最近でも最後まで信じてた。彼が病魔に打ち勝つ事を。
大切な二人の息子を、片親だけには絶対にしないだろうと。

だから、僕は彼に約束した。
「俺は一生懸命今を頑張って、絶対に職を見つけるから、お前はまず病気に勝つ!約束だ」

考えてみればあまりに不公平な約束だが、僕はまず職を見付ける事がこの目の前の立派な男と対等に付き合う為の最低限の礼儀だと思っていたし、彼は強い男だから同じ気持ちで頑張ってくれるに違いないと、そう思った。

だが、そんな僕の思い込みは、気が付けば一ヶ月以上の間、自身を彼の見舞いにすら行けない程に追い詰めていった。

そして、どうにか今度の日曜日から火曜日にかけて、とある会社で採用試験を受ける事になった。それさえうまくパスすれば改めて採用が決まるもんで、今日の朝方になってその事を彼に話に行こうと携帯を手に取ったら、既に師匠からの着信履歴が残っていた。
すかさず連絡を取ってみると、師匠の奥さんが出て、僕にこう伝えたのであった。

「彼ね。今日の未明に死んだんよ」

この話を聞いた途端、思考が止まってしまった。

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自身が癌であると告白されて以来、僕は片時も師匠の事が頭から離れた事が無かった。何か面白いものを見付けると「師匠に見せてやりたい」と思ったし、話のネタが出来たら師匠にも話してやりたいと心から思った。

そして、だからこそ成果は出なくても今まで頑張れたし、その僕の頑張りがほんの少しでも彼の生きる力になれればと、そう思ってきた。

だが、その想いは、もろくも崩れ去ってしまった。

自分が出来る事をする。そう約束したのに、何も出来なかった。それがとても辛くて、悲しくて。
そして、失ったものはあまりに大きくて。

だけど・・・まだ、気持ちの整理は付いてないけど、ただ一つ、この記事を書いて思った事がある。

僕は、師匠の様になりたいし、師匠の様に生きたい。
過ぎた事はもう取り返しが付かないけれど、僕が彼のお陰で変われたみたいに、知らず知らずの内に人の人生を変えられる。人を幸せに出来る。そんな大きな男に、僕はなりたい。

そして、それは僕が彼に対して出来る、最大限の供養だと思うから。

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そして、最後までこの拙い文章を読んでくれた方へ。ありがとうございました。

この記事へのコメント

トトロまま
2008年05月23日 19:35
TAKA☆さん、こんばんは。
お友達の方の事、心からご冥福をお祈りします。

亡くなってすぐに、文章にするのはお辛かったでしょう。
人の死は、誰にも平等にきますが、若すぎますね。
私も、母が他界した後は、しばらく気持ちを落ち着かせた後、思ったまま、母の話を日記に綴らせていただきました。

知らない人に、こんな人だったんだよ・・と、お話する事で、私の中で母は生き返っていました。
TAKA☆さんも、いつでもまたお話聞かせてくださいね。
「P」
2008年05月23日 20:53
“この人のようになりたい”
と確固たる人物像があるのはいいね。
(軽い気持ちで書いているのではないよ)
2008年05月24日 22:24
トトロままさん、Pさん、コメントどうもありがとうございます。

この文章を書いてる時点でまだ通夜の前だったのですが、今日告別式を迎え彼を見送る事が出来ました。
彼の友人である僕ですらこんなに辛かったのですから、トトロままさんは大事なお母様を失って、僕なんかよりもずっと身を切られる位辛かったでしょうね。

トトロままさんのお言葉を受けて、僕も今は亡き師匠の事を文章に残そうと思いました。
少しでも多くの人にこの素晴らしい男を知って貰いたいし、少しでも師匠の生きた”証”を残してやりたい。
僕もそう思える様になったのは、トトロままさんのお陰です。ありがとうございました。

それと、Pさんへ。
>(軽い気持ちで書いているのではないよ)

ええ。よく判ってるのでご安心を。(笑)
出来れば少しでも多く僕の話にお付き合い頂けたら幸いです。Pさんにも我が師匠の事をよく知って頂きたいですから。では。

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